メモ書き

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「老後カプセル」と「らくらく自殺セット」と「絶望の優しさ、希望の厳しさ」

朝起きて、誰かが用意した飯を食って、長時間トイレを占拠して、誰かが持ってきた新聞を読んで、誰かが作ったテレビ番組を見て、寝る。
たまに誰かを捕まえては、役に立たない知識を披露する。

これが老後であり、現役世代が稼いだ金や労働によって行われているとしたら……。
でもって、老後を迎えるまでに“納めた税”や“働き”以上のサービスを受け取っているとしたら……。

そういう延長線上に考えなくても、誰かの時間を浪費してまで、空虚な時間を過ごす意義って、あまり感じないよねという話。

「食って寝て、テレビを見るだけの時間」をより多く確保するために、ほかの人が苦労をしている。
もしかしたら、いずれ自分も他者に苦労を強要し、ツマラナイ時間を費やす存在になるかもしれない。

そう考えると、カプセルみたいなものにでも入って、死ぬまでの時間を“完全なる孤独状態”で過ごせないものか。
そんな風に思ったというメモ。

* * *

言うなれば、老後カプセル。

それは、ドラゴンボールの治療カプセルみたいなイメージ。

 

食い物は自動で流れ込み、排せつ物もバキュームされる。
快楽物質で脳内を刺激して悦び、脳波で娯楽にアクセスする……。
運動不足を解消するために、定期的な電気刺激が体に施されたり、液体に満たされたカプセル内に波を起こしたり……。

これなら、老いた体で動いてケガして介護が必要になるとか、ボケて徘徊して厄介になるとか、いきなり車道に飛び出して若い運転手の人生を狂わせるとか、そういうのも避けられそう。
食べ物や生活雑貨を買いに行く必要もない。水道の水のように栄養が流れ込み、排せつ物が吸われていくのなら……。

まぁ、実現したとしても、自分がヨボヨボになる頃。
“今”ほしい人には、関係のない話。

* * *

続いて「らくらく自殺セット」について。

残念ながら、自殺は珍しくない。
「老後カプセル」の後に書くのもなんだけど、「健康問題(たぶん、うつが多い)」を理由に亡くなっている人が多いというデータもある。
減少傾向にあっても、なお割合は高い。

令和3年は令和2年と比較して、健康問題が最も大きく減少し、335人の減少となる一方、経済・生活問題が最も大きく増加し、160人の増加となった。

https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R04/R3jisatsunojoukyou.pdf

以下は、相談ダイヤル。

www.mhlw.go.jp

基本、自殺は止められる。
“第三者が止めようとしてくる行為”という意味で。
自殺幇助罪があるから、逆の行動は取れないでしょうけど。

それでも、自殺者はいる。

なので、どうしても他の選択肢を見出せないなら、最後くらい楽に……という考え方もある。
安楽死的な発想でしょうか。

そうした場合、失った命で他の命を助けられないか。
どうせなら、臓器を傷つけない状態で最後を迎え、適合者の元へ運べないか……。

衝動的に死を迎えることで、大勢の人に迷惑をかけるより、人生に意義を見出しやすい最後を。
そんなことを考えられるなら、そういう行為に及ばないんでしょうけども。

* * *

駅前に、それこそカプセルっぽい「らくらく自殺セット」があることで、「どうしようもなくなったら、あそこを使えばいい」くらいに思われたら……。
(使用後の遺体保存、ドナーへの連絡システム等々を備えたカプセル)

死が身近になったら、それはそれで楽に生きれる人もいるかもしれない。
電車に飛び込みという他者への負担が大きいケースを避けられるかもしれない。

まぁ、そんな話。

あと、刑務所への設置。

なんで?
絶望は優しく、希望は厳しから。

「希望がある」という言葉には、頑張りが必要だというニュアンスがある。
頑張れば何とかなる。諦めるな。だって、希望があるんだから。

それに比べ、絶望は優しい。
「希望が無い」という言葉は、選択肢を削ってくれる。
ひとつを諦めれば、別の選択肢が見えてくるかもしれない。
何より、頑張りを強要してこないので、気持ちが追い詰められない……気がする。

* * *

しかし、なんだ。
100歳近い人たちのメンタルって、かなり違うよね。
自殺って概念が無いくらいの気性。

地域差、個人差が大きいんだろうけど、田舎の反インテリ層みたいな感じだと、アレコレ考えるのは「クヨクヨしている」と見える模様。
でもって、自己肯定感が強いのか、自分は正しいと常に思っている。
記憶違いがあっても、すぐに「違う」と相手を否定する。この迷いのなさ。
これは「何も考えない強さ」に違いない。迷うから、人は弱くなる。考えなければ、迷わない。

そして、若者は自分より知識が無いと思っている節がある……。

そりゃ、すべての知識で勝っている人はいないだろうけど、現在の生活で必要な知識という点で言えば、若者に劣っているんじゃないかってね。

彼らの生きてきた年代の知識というか常識は、今の時代でも通用しないし、10年先ではさらに通用しない。
この世代間の溝は、現代の進歩の速さが原因だけど、気の毒と思うと同時に、自分の老後にも起こり得ると思うとゾッとする。

小学生の頃に訊かれた「将来、どんな仕事に就きたいですか?」という問い。
プロ野球選手」「ケーキ屋さん」「保母さん」なんて声が多かったけど、自分は公務員系の……。
で、実際には どんな仕事に就いたのか。
ボカして書くなら、ネット関連になる。業務的に。

あの頃、存在すらなかった業種に就いたわけだ。
こんな経験があるから余計に、親の言う「この職業に」のアテのなさが、猛スピードで顕著になってきているなと思う今日この頃。