メモ書き

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暴力による対抗は、軍の存在意義を高める|忘れられたアラブの春

軍事政権が国民に暴力を振るうとき、暴力で対抗すると今後が難しくなる。

殴られたから、殴って返すのは正当防衛。
とはいえ、暴力の質も量も軍部が上。殴ったっところで勝てない。
でもって、暴力を振るう存在を抑えるには、国家的暴力組織が要るということに……。
公的な暴力組織である軍が弱体化したとき、軍に抗っていた暴力組織を止める術がないので。
ほら、私的な暴力組織なんて、何を基準に動くか わかったもんじゃないし。

軍に対抗するために武力を手にすれば、その存在が軍に代わる脅威になり得る。
そういう意味で、暴力による対抗は、軍の存在意義を高めるかもしれない。

ただ、殴られっぱなしなら、殴り返そうとするのも無理はない。

www.nhk.jp

上記の番組は、ネットの位置情報やSNSを駆使し、軍の取り締まりを避けてデモを行う人々がメイン。
番組の中では、デモに参加していた女性の死、武力を持って抗おうと意見を変える人、国外から支援を行う人など、様々な人が出てきます。
この「武力を持って抗おうと意見を変える人」を見たとき、「こういう人に外部から支援が入り、国内を二分する戦いに発展するのかも」と思いました。

かつて、どこかの国を戦場にした代理戦争などは、争う人々に支援者が近代兵器を渡して拡大したような……?

* * *

ここで、また別の番組の話。

www.nhk.jp

上記の番組では、いわゆる「アラブの春」と呼ばれた革命後、生活が一変した人々が出てきます。

自由を求めた末に、言論の自由を放棄した国。
逮捕されないよう、革命の話を避ける国民。
それでも、革命後の無秩序な社会よりマシ……。
たとえ、現政権の文句を言えなくても。

一方で、その現状を憂える人は国外逃亡し、袂を分かった革命仲間を侮蔑する。
「アイツは、国の犬になり下がった」と言わんばかりに。

国の犬となった方は、自分の判断は間違っていなかったと言い、議員として家族と穏やかに暮らす。
国外逃亡した方も、いつか自分の決断を子孫が誇らしく思うだろうと言い、会えない家族のことを思って暮らす……。

う~ん……。

何だろうね。

デモという手段で願望を実現した人は、その成功体験を忘れない。
だから、繰り返す。
少しでも不満のある結果があるなら、何度でもデモをする。

明確なゴールを決めず、自分らの要求の検証もないまま、反対の意志だけ叫ぶ。

大勢が集まって、大きな声をあげれば、強くなった気にもなるのかもしれない。
それは、戦力が兵士の人数で表されていた時代の名残。

戦場で雄たけびをあげるくらいの高揚感があるのか、その盛り上がった気持ちは破壊衝動に代わっていく。
やがて、破壊衝動を満足させたい人々が、何かを壊すことを目的として活動しだす。

そう思えてしまうからか、私はデモという行為自体が嫌いだ。
賢い手法だと思えない。

たくさん人が集まって喜ぶのは、オールドメディアじゃないのか。
単純に絵になる抗議手法だからだ。
それゆえに、煽るし、宣伝もする。

その熱狂ぶりをメディアが騒ぎ立てれば、体制側にとっては面白くはないでしょう。
だけど、脅威になる? 場合によるんじゃない?

それよりも、何もしない方が抗議として賢く、相手にとってダメージは大きくないだろうか。

ここで言う「何もしない」は、文字通り「何もしない」を意味します。
国民が「仕事をしない」となれば、国家は あらゆる機能を失うわけです。
それは、支配者側にとっても困ること。

何も生産しなくなり、サービスが停止すれば、そこで生きていくのは不安しかない。
「君らが不当な暴力を振るう限り、一緒に苦しむ道を歩み続ける」というのが、「何もしない」という抗議手法。
実施にあたって、必要なものは何もない。

「何もしない」からには、「食事もしない」ので、放っておけば人口も減っていく。
滅びに向かうという明確なメッセージ。
つまりは、ハンガーストライキ

まぁ、こういうのは一糸乱れず、全員が同じように行わないとダメなわけで、すぐに態度を変える人も出てくるでしょう。

「いつもの倍を出すなら、生産を再開しますよ?」

これ。

そういった実施面での難しさがあるわけです。

* * *

だったら外側からと考えるからか、盛んに内政干渉を呼びかける人もいるわけです。
他国の人が、自分の国の問題に首を突っ込んできたら、普通は嫌でしょう。
「今回は特別」を許せば、その「特別」は、国の事情次第で繰り返される。

そもそも、外野が首を突っ込んだら、問題は複雑化する。
問題に絡む人が増えるほど、立てなきゃいけない顔が増えていく。
考慮すべき事情も増えていく。

なのに、積極的な関与を促す人は減らない。
その行為の責任を取れるわけでもないのに……。

そう、積極的な関与を促し、実際に実現して問題が肥大化したら、今度は関与の仕方が悪かったと、内省せずに外罰的な……以下略。

首を突っ込んで利益になる外野以外は、「遺憾です」と言って「何もしない」のが、現実的な策かもしれない。

* * *

それにしても、軍部が政権を掌握しやすい国の欠陥は、どこにあるのだろう。

国家の武力が、ひとつの組織に集約されているからか。
軍という組織に対抗できるほど、警察にも武力があれば、多少はけん制になるだろうか……。
それとも、アメリカの警察のように、市警、郡保安局、州警察局連邦捜査局国土安全保障省と、細かく分かれれば……。

そんな、国内における武力の均衡を考えたというメモです。


大規模な市民の反抗のあとに何がくるかで、国の行く末って大きく変わるよね。

バスク・オムティターンズは立つのだ!」

www.twellv.co.jp

今、放送しているせいか、これを思い出した。