メモ書き

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成功体験がモテたとか、スポーツで勝ったしかない人の見方

いわゆる陰キャが自虐で「俺、モテねぇ~し」とか言ってるのに対し、マジレスした感じの動画が流行ったらしく、それに関する感想みたいなものも目にしたので、思ったことのメモ。

何というか、人は成功体験で語るんだなと。

モテない=ダメだ
ダメな理由は、スポーツをやらないからだ
スポーツで勝負を経験し、競い合うことの云々……

という主張に対し、その歳で人生の価値を“モテる”に置くってどうなのと。
そういう突っ込みがあったので、タイトルのことを思ったわけです。

価値を図る基準が“モテる”にあるのがどうと言うのではなく、成功体験がそれしかないのではないか。
社会的成功と呼べる何かが、“モテる”しかない。でもって、その結果に至る過程も“スポーツの勝敗”しかない……。

ビジネス上の成功からは遠く、経済面での成功も遠く、知識面での成功もなく、文化的な成功もない。
だから、唯一の成功体験である“モテる”と“スポーツ”で語る。


ハッキリ言って、“モテる”と“スポーツ”よりも、“モテる”と“お金”の方が、大人になると繋がりやすい。
こう書けば、“モテる”を“スポーツ”で語る特殊性みたいなものが伝わるでしょうか。

私が思ったのは、そこなんですよね。
彼なりに陰キャの自虐に向き合い、自分なりの答えを出したのかもしれないけど、彼が思う以上に“モテる”の答えは多いし、彼が思うほど“モテる”ことに価値を見出す人は多くはない。

って書くと、陰キャ擁護の僻みに捉える人もいるんでしょうね。
自分が理解できない意見は、見下すべき人間の言説として排除する感じで。

* * *

彼に倣って、私個人の経験から“モテる”を語るとするなら、それは“作業”でしかないんですよね。
学生時代に告白された経験は一度ではないですが、嬉しいという感情は皆無でした。
まぁ、その……嫌いなタイプに好かれるのって、なかなかに辛いもんですよ?

ただでさえ関わりたくないのに、告白の返事という作業を強いられる強制イベント。嫌でしょ?
中には、割と露骨に突き放したつもりの人もいたんだけど、向けられた好意に照れているだけと解釈したっぽい……。
なかなかのストロングハートぶりですよね。
キャラとしてみれば、漫画にできそうだけど。

成人してからも、それなりの付き合いはあったけど、今となっては どうでもいい感じ。
なもんで、大人になっても“モテる”ことに意義を見出す人に、若さを感じる次第。

スポーツに関しては、このブログで批判めいたことを書いているけど、それは実際にスポーツをしていた経験を踏まえてのもの。
めちゃくちゃ得意というわけじゃないけど、足の速さなどで言ったらクラスのTop5くらいには入るレベルでした。
タイムという指標が手っ取り早いので、足の速さを基準にしたけど、種目によってはダメなのもあったかな。

異性との交際やスポーツに共通して言えるのは、それをこなしていないと見下される風潮に対し、自分はクリアしましたよと言うために、仕方なく行った側面は否定できません。
根本的なところで、他者に興味がなく、人間が嫌いなので……。そう、だから他者の評価も、どうでもいい。

* * *

と、要らない語りが増えたので、冒頭の続きに戻ります。

その人が何を語るのかで、成功体験がわかる。
そういう話を突き詰めていくと、話すべき成功体験がない人が、何を話すのかが気になってくるわけです。

自分は誇れないので、「こんな凄い知り合いがいるんだ」という人脈自慢。言うなれば、スネ夫スタイル。
相手は自分を知らないと仮定し、ほらを吹くタイプ。
異性から貢がれた額を自慢するタイプ。いや、これは収入面での社会的成功か。贈与税を払ってなさそうだけど。
あとは、SNSでバズったという……成功なのか よくわからないけど、知名度的な指標でマウントを取るタイプ。

成功体験が何もなく、それを欲する無能力者が手を出しやすい場所。
そう捉えると、ネットの空間に存在する変な人の正体が、少しはわかった気になってくる。

彼らは、巨大ロボットに憧れる少年や、変身ヒロインを真似する少女、スピリチュアルに走る人々と大きな差はないのかも。
今のままでは小さな存在でしかないけど、ロボットや変身グッズ、素晴らしい前世やお告げ的なサムシング。そういったオプション装備で一発逆転できるんだ、自分は! ってな感じに、夢を見ながらSNSで寝言をほざくと……。

そういや、寝言は寝て言えって、あまり見なくなったね。言葉として。