メモ書き

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謎の海外マウント勢

昨日、何かにつけて「海外では~」と言う出羽守に触れました。

その出羽守、知人にもいるんですよ。

今となっては逢うこともないですが、SNSに近況をアップしてるので、見る気が無くても目に入ってしまいます。
投稿内容は、海外に行ったときの写真、子どもの写真が多かったかな。

いわゆる『海外で充実している私』のアピールは、そこまで強くなかったのですが、例の病気が流行してから、やたらと海外と日本の比較をするようになりました。

いったい、何があったのか……。
その不思議を考えるためのメモ書きです。

ヨーロッパで感染拡大する前は、「向こうに学ぶべき」という主張だった気がします。
それが、向こうで拡大すると「テレビに出る医師は信用できない」と、これまでの主張は その医師が悪いと言い、テレビ離れを起こしました。

その後、学校の休校措置が取られ、政府に対して憤慨。

イギリスが当初 打ち出した方針を称賛したかと思えば、すぐに方向変換したのでガックリきた様子。
ダメだと思ったらスパッと切り替えるのは、なかなか出来ることじゃないと思うんだけど……。

本来、家族で海外に行く予定だったのに、それがキャンセルになり、国内旅行でもしたいとつぶやくものの、ずっと家にいる羽目に。
で、現在です。

あぁ、もしかしたら、世界規模で対処する課題が生じたので、自分が他の人より詳しそうな海外のことを発信したかったのでしょうか。

それなら、何となくわかる気もします。
私の場合で言うなら、何回か引っ越ししているので、田舎の暮らし、都会の暮らし、地方都市の暮らしと、その土地による違いを喋りたくなります。知ってる情報が、マイナーであるほど。

ただ、それだと海外の対応の変化に対し、ガックリくる理由がわからない。
何かが、日本より上であってほしかったのかな?

海外での暮らしが、その人のアイデンティティになっていて、「他人より優れた点」という認識なのかも。だから、ガックリ来る。
でもって、海外を知る者として、知らぬ者に上から目線でいたかった。

であるなら、海外マウント勢と言えるかも。

不思議なのは、海外で暮らしたところで、海外マウント勢になる人もいれば、ならない人もいること。
その差は、何なのか。
幾人かの知り合いを見ながら、考えてみます……。

ヨーロッパでの暮らしが長かった通訳。
あちこちの国を回る銀行関係者。
中東に皮素材を仕入れに行く人。

なんか、向こう絡みの仕事をしている人は、「海外は こうだから、日本も」という言い方をしないかも。
まぁ、通訳の人は、店のドアが閉まってるときの英語表記が気になるみたいだけど。

こうして思い返してみると、海外マウント勢になった人だけ、ビジネス的に際立ったスキルが無いんですよね。
その辺なのかなぁ。

ずっと、優位に立てるポジションがほしかった。
それが、海外での暮らしだった。みたいな?

元々、極めて政治に疎い人だったので、海外暮らしを知ったところで、論点がズレていたりします。
言うなれば、Aの知識がない人が、Aの第一人者と会っても、Aを学んだ人にAの知識が及ばないように、海外で暮らしただけで……という話。

この海外マウント勢の逆パターンは、ある意味 同郷の人の活躍を自分のように語る人でしょうか。

みんな、どこかに自分の価値を求めているんでしょうね。