【記録】昔の日本は、はげ山ばかりだった?
日本では江戸時代から明治・大正時代にかけて、薪炭材や建築材の需要増で森林が激しく伐採され、全国に「はげ山(禿山)」が広がっていました。
なので、森林性のクマは生息できない。
つまりは、この時点で現在のようなクマ問題は存在せず、クマ駆除のたびに語られる「人間が彼らの生息域を犯したからだ」論が的外れなのがわかる。
では、なぜ人間は木を植えたのか?
- はげ山だと、土砂崩れや洪水が頻発する。
- 戦後の経済成長に伴う建築ブームで木材需要が急増した。
- 林野庁が主導して「治山事業」や「緑化運動」を展開した。
- 緑の羽根運動が広がった。
では、なぜ人間は木を切らなくなったのか?
需要がなくなったので放置され、やがて忘れられた木々は、花粉症によって人間の記憶を呼び起こす。
お前らが始めた物語だろう、と。
戦後の「拡大造林」政策で、経済価値の高いスギ・ヒノキが全国で大量植林。
広葉樹や低花粉樹種の植林が少なく、単一樹種の人工林が花粉症を悪化。
花粉症は1960年代に初めて報告され、都市化や大気汚染(ディーゼル排気との相乗効果)で1980年代から患者が急増。1990年代には「国民病」と呼ばれるまでに。
政府は1980年代以降、花粉症対策として低花粉スギの開発や間伐促進を始めたが、予算不足や林業の低収益性で進捗が遅い。国民の花粉症への関心が高まる一方、林業活性化への支援は不十分。
そして今、クマである。
人間は、クマの生息域を広げたのだ。
森をつくり、放置して……。
都会に住んでいるから関係ない?
田舎の資材を利用していて? 田舎で育った人を労働力としていて?
それは他の地方に自分らの発電所を造っておいて、問題が起こったら知らんぷりを決め込むようなものでは?
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クマの専門家に聞く!登山者のためのクマ対策
【閲覧注意】クマの音対策。1番効果があるのはどれ?熊鈴、ホイッスル、爆竹、ロケット花火、サイレン、絶叫
「人間がクマの生息域を犯したから」論の起源とGrokに訊いたら、最初にピックアップされたのが上の団体。
続いて、WWFジャパン、日本クマネットワーク、専門家(例: 横田博氏、米田一彦氏)など。
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逆に、生息数を減らしている生物もある。
魚だ。
世界的には漁獲量が増えている。
一方で日本は減っている。
端的に言えば、獲りすぎて減ったのだ。
日本には漁業者単位の制限がないので、早い者勝ちシステムになり、根こそぎ持っていった結果だという指摘がある。
で、数を増やそうと漁獲制限をすると、漁協などの反発にあって撤回する。
将来的なことを考えた制限であっても、制限は悪とみなされて、撤回させた側が漁業者に寄り添った人となるとか……。
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さて、お気づきになられただろうか?
この物語、漁師が林業に携わるようになり、クマを獲るようになれば、丸く収まりそうなことに。
あとは、政府が補助なり何なりをするだけだ。
※漁業と林業・猟の技術は異なる。訓練に時間とコストがかかり、40代以上の漁師の適応が課題(農水省の漁業者平均年齢:約50歳)
