メモ書き

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人は、忘れる

朝起きたら、ちょっと厄介な事態になっていました。

家の設備の一部が、故障して使えない。

すぐに修理を頼みたいけど、業者は正月休み……。

こういうとき、「正月早々、XXだ」と言ってしまいたくなるもの。
で、家族の中には「こんなに酷い正月は初めてだ」という表情の人もいるわけです。
たった1つのことで……。


そこで、ふと思い出したのは、正月に火事に逢ったこと。
東京に住んでいた頃、隣のアパートが全焼し、私が住んでいた建物にも炎が届きました。

幸い、外壁が焦げて、窓ガラスにヒビが入ったくらいで済みましたが、その日は家に入れない状態に……。
電線が焼け落ちたとかで、立ち入り禁止のテープが家の周りに張られていました。

そうなると、どこで一夜を明かせばいいのかと途方にくれる始末。
いきなり、今夜の寝床を失うわけですからね。

隣のアパートで火事を起こした人を恨みたくなります。

たぶん、燃焼具合からして、私の部屋に近いところの人でしょう。
いつもベランダにゴミを置いていて、大音量で野球を見ている人でした。
その人は帰省していて、部屋にはいなかったらしいですが、ダラしない人が厄介を起こすもの……。そういうイメージを私の中で強くする一件でした。

ちなみに、その日は知人の家に泊まっています。
そこまで親しくしていなかった人ですが、家の近所でバッタリ会って、ストレートに「泊めてください」と迷惑なお願いをしました。
よく泊めてくれたと、今となっては思っています。

なんか、顔が必死だったというか、非常事態な顔つきだったようです。私の顔が。
泊めてもらったお礼はしましたが、もっと お金をかけたプレゼントをすればよかったと、今となっては後悔するところも……。

* * *

そんな正月の思い出があるのですが、これを抜きに「こんなに酷い正月は初めてだ」は言えない。

なのに、すっかり忘れて生きているんですよね。
思い出すまでは、こんなことがあったのすら、どっかに行っている。

大変そうな状態にある人を見て、あるいは大変な経験をしている人を見て、「大変だな」と思うことはある……。
でも、よくよく考えると、自分にも似たような経験があったりする。

仕事中に倒れて救急車で搬送、学生時代の入院……。
そういった出来事を忘れて生きているんですよね。

たまに、ず~っと何かを引きずって生きている人がいて、「あんなことがあったから、私はこうで……」と言い続けて、「私、可哀そうでしょ?」という目で見てくる。

なるほど、「可哀そうですね」とは言いますが、なんか違う。

その「なんか」が少しわかったというか、自分の中で整理できました。

そこに留まっていると、ずっと その感情を見つめ続けるのでしょう。

同じ場所にいると、同じ景色が見えるので、それを忘れることは無い。
別の場所に行き、違う景色を見続ける日々なら、かつて見た景色を忘れていく……。

だから、忘れたい何かがあるなら、進んでいけばいい。
未体験な領域に手を伸ばし、新しいことをすれば、時間が忘れさせてくれる。

「出身地の夢」や「前の職場の夢」を見るのが嫌なのは、「進んでいない自分」を認識させられるからだと、私自身の感情が理解できました。