メモ書き

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ゆうちょ銀行、払い戻しが受けられなくなる

お客様の権利消滅という凄い言葉

 

【平成19年9月30日以前にお預け入れいただいた定額郵便貯金、定期郵便貯金、積立郵便貯金
満期後20年2か月を経過してもなお、払い戻しのご請求等がない場合は、旧郵便貯金法の規定により、お客さまの権利が消滅し、払い戻しが受けられなくなります。満期後、お早めにお手続きをお願いいたします。

【平成19年9月30日以前にお預け入れいただいた通常郵便貯金、通常貯蓄貯金】
平成19年9月30日の時点で、最後のお取扱日から20年2か月を経過していない場合は、他の金融機関と同様、最後のお取扱日(平成19年10月1日以後に一度もお取り扱いがない場合は、平成19年10月1日)から10年が経過すると、ATM・ゆうちょダイレクトの利用ができなくなることがございます。この場合、窓口で手続きすることにより、払い戻し(解約)や引き続きのご利用が可能です。お手数ですが、お近くのゆうちょ銀行または郵便局の貯金窓口へお越しください。
平成19年9月30日の時点で、最後のお取扱日から20年2か月を経過している場合は、旧郵便貯金法の規定により既にお客さまの権利が消滅しておりますのでご了承ください。

長期間ご利用のない貯金のお取り扱いについて−ゆうちょ銀行

 

プリズン・ブレイク シーズン5のネタバレ感想

「死んだはずのマイケルが生きていた!?」

この内容紹介だけで、嫌な予感がしていました。
実は生きていたという展開にすることで、過去作との整合性が取れなくなるとか、蛇足になってしまうとか、そういうパターンが脳裏をよぎったので。

アマゾンプライムに追加されたので見てみましたが、他の人が書いているような感想を抱きました。
以下はネタバレも含むので、それは困るという人は、ご注意。

・新しい刺青の画像を送信した理由がイマイチ
・彼を相棒にした理由もイマイチ
・顔認証システムがザル
・銃を拾えよ
・あれを再現する意味、違いが多すぎる


あのメンツを再登場させたかったのは想像できますが、なんか無理矢理な感じもしました。
それでも、最後まで見てしまう。
見終わった後には何も残らないけど、取り敢えず見ないと落ち着かない。
海外ドラマでよくあります、個人的には。

「どうなるんだろう?」と気になり、見ては見るものの、特に何も残っていない。そういうことがよくあるので、「それは、なぜなんだろう」と考えてみました。

結論から書けば、登場人物が常に何らかの危機に瀕し、不明な要素があるので、気になっているだけ。
「気になっている」という状況が続くので見ていられるものの、その物語に何かを考えさせられることがない。その展開を通して訴えかけてくるようなものがないのかも……。

以下はプリズン・ブレイクに限った話ではなく、向こうのドラマを見ていて感じることが多い要素。

・大事件の予感がある、大きな陰謀や謎の組織がある
・黒幕が不明で、ミスリードがある
・裏切りがあって、誰を信用していいかわからない
・銃の持ち主が変わることで、立場が逆転する
・登場人物が追うか、追われるかしている

この要素が絶え間なくあると、取り敢えず最後まで見てしまう……。
分析してみると、自分の単純さに呆れます。

もし、「裏切り」に対して一貫して信じ続けるとか、逆に誰も信じないとか、信じるかどうか葛藤するとか、そういうのが登場人物の考え方の背景みたなのと一緒に語られるのであれば、見終わっても何か残ったのかもしれません。

プリズン・ブレイクで言えば、ブラッド・ベリック刑務長が、悪い奴を塀の中で監視してきたけど、もっと悪い奴は塀の外にいた的なセリフが唯一印象に残っていますが、それは彼が警察官になりたかった過去があったからかも。

そんな風に思いました。

少子高齢化の解決策は、労働力人口の増加なのか

少子高齢化による問題が語られる際、移民の受け入れ、子供を産みやすい環境づくり、一人一人の労働生産性の向上などが、重要な議題として扱われているように思えます。

その中でも、子供を産みやすい環境づくりをテーマにしたときに交わされるやりとりは、自分たちの生活基盤を維持するために、新たな生命を誕生させようとしている風に聞こえてきます。

「俺たちの為に生まれてこい。でも、俺は生まれてきて良かったなんて、一度も思ったことがないけどね」

だったら、酷い話です。
というか、「良かった」と思える社会をつくらずに、「もっと産めよ」もないわけですが……。
「行ってよかった」と思う場所は、他の人も連れて行きたくなりますが、「行かなきゃよかった」ところには連れて行かない。それと同じようなこと。

仮に、出生率が上がったとしても、亡くなってしまったのなら、労働力人口は増えないでしょう。

15~39歳の各年代の死因の第1位は、自殺

こんな状態では、「生まれてきて良かった」と言える人は、ポジティブかつラッキーなのかも。

自殺については、報道の在り方にも言及したいです。
いわゆるウェルテル効果の話。

「好きな有名人の後追い自殺」という認識の人もいるかもしれませんが、自殺者と同じ境遇の人が後追い自殺するみたいな内容になります。
ニュースが高齢者の自殺を取り上げれば、同じ方法で高齢者が自殺を図るということ。

地方の高校生が電車に飛び込んだら、別の地方に住む高校生が同じことをする。そんな連鎖を生む可能性があるので、「自殺を予防する自殺事例報道のあり方」というWHO(世界保健機関)の勧告があります。

誰かの自殺を詳細に伝える必要性なんてない。悪影響があるだけ。
個人的には、そう思います。

この自殺データをウェルテル効果に繋げたフィリップスは、他のデータからも類似性を指摘しています。
それは、大きなネットワークのニュースで、ボクシングのヘビー級タイトルマッチが取り上げられると、アメリカにおける殺人発生率がかなり上昇するというもの。
試合で負けたのが黒人選手なら、若い黒人男性が殺される事件が急増。白人男性が負ければ、犠牲者は白人男性になったそうです。

この手の話の極めつけは、模倣犯罪でしょう。
FBIの法医学専門家によれば、国中で広く報道される事件が一つ起こるたび、平均で30件は同種の事件が起こるようです。

地方の学校で銃乱射事件が起これば、別の地方の学校で同様の事件が起こる。
類似した社会条件の場所で、同種の事件が続くのは、人は真似をする生き物であり、より自分に近い存在の影響を受けやすい表れかもしれません。

引用元 うつ病患者が避けるべき情報|ウェルテル効果の条件 - うつアフィ

 

「じゃあ、少子高齢化の解決策は」と訊かれたら、「衰退を受け入れる」と答えます。
どうしたって減っていくのが目に見えているなら、それを前提に作り直していく……。もしくは、準備をしていくのです。

現状で無理が来ているのであれば、それを維持するのにカツカツになり、「苦しいだけの人生だ」という人を増やしても仕方ない。

諦めてもよさそうなものは、諦めた方が楽になる。そんな話です。

嫌な言い方をすれば、「無くなったら少し不便になる程度の仕事の為に、健康を害するのはバカらしい」ので、許容できる不便は受け入れていこうというもの。

世の中には、生活基盤に影響が少ない仕事と、そうでない仕事があるわけです。
職業に貴賤なしとは言いますが、生活する上で必要性が高いのと、そうでないのがあるのは事実。
そして、必要性が低いのに華やかに見える仕事があるのも事実。

でも、労働力が減っていくのがわかっているなら、担い手がいないと社会が成り立たない仕事は何か。それを知る機会が増えてもいいように思えます。

そのうえで、「どうすれば、緩やかな衰退になるか」を考える。

負の遺産をたくさん遺して、「先人に感謝しろ」「敬え」と言っている人を見て、そんなことを思いました。

異世界転生のリアリティ

異世界転生ものは「現実逃避」「妄想の極み」と言われているのを何度か見ていしますし、現実世界が舞台じゃないこともあって、「リアル」とかけ離れた存在に思えていました。

ですが、あることを知ってから、思わぬリアルさを感じました。


そのキッカケとなったのは、定年退職した人が書く小説の内容。
応募してくる小説は、パッとしない定年間近のサラリーマンが、思わぬ活躍をして新入社員の美人に好かれるみたいな展開が多いとか。

それを知って、真っ先に思い浮かべたのは、下読み嬢が書いた本のこと。

いつも官能小説を投稿してくる爺様がいて、その内容は年配の主人公が若い女性の相談にのり、それを解決してベッドインみたいなパターン。
必ず出てくる台詞は「堪忍して」と「若い者にはない何とか」みたいもの。

なんていうか、なろう展開と大差ないですよね。

でも、関係性のリアリティという点で考えると、定年間近のそれも爺様のそれも、異性を惹きつけるほどのものかと思えてしまいます。

ここで、ネットで見かけた女性側の妄想を一つ。
理想の男性に好かれる自分を妄想したけど、自分のようなのを好きになる時点で、理想の男性からかけ離れてしまうから、妄想内でのヒロインを自分以外にチェンジしたそうです。

この考えで言うなら、冴えない男に惹かれるヒロインというのは、どうなんだということになります。
例えば、魅力的だと思える女性がいたとして、その人が自分的には「無いな」と思える同性を好きだと知った瞬間、「趣味が悪い」と思って評価が下がるみたいなこと。

先の爺様が書いた小説を同年代の爺様が読めば、理想的なヒロインに映るかもしれない。
でも、若者が読むと「あんなヨボヨボに惚れるなんて、この……」となるのではないか。

そう考えると、転生して惚れられる要素満載の人間になる方が、関係性のリアリティはあるのではないでしょうか。

もはや、自分と似たような存在では、リアリティが無さ過ぎて夢が見られない。
だから、来世に期待。
そんなことを少し思いました。

私たちは、モノとして見られている

より多機能に、より高性能に、より良いデザインで……。
そうやって様々な製品は改良され、普及していくのかもしれません。

一方で、そんなモノに対する要求と似たようなものが、人間にも行われている気がします。
より多くのスキル、昔よりも厳しいモラルやマナー、覚えていて当然だと思われている知識の増加……。

その見返りは少なくなっているのに、要求されるものだけ増えていく。

低価格で高性能が当たり前。

商品として買う側にとってはいいけど、商品の身になれば、たまったもんじゃない。

「俺は旧型よりも高性能なんだぜ。それを……」

そんな声が聞こえてきそう。

「ビンテージ品には、現行品にはない良さがある」

そう愛好家が口にするならまだいいですが、商品自体が「最近の商品にはない魅力が、このビンテージ様にはあるだろ? ん?」とか言い出したらムカつく。

人はモノじゃない。

それは、わかっている。

でも、モノに今まで以上の機能を求めるように、人に今まで以上の能力を求め続けたら、疲弊していく一方じゃないのか……。

無駄な機能が増えすぎて使いづらくなり、競争に負けていった製品と同じ運命をたどる前に、必要性が低い要素は切り捨てていった方が、逆に価値は高まるのではないか。

そんなことを思ったので、メモのつもりで書いています。

まぁ、無駄なものは無い的な意見もあるんでしょうけど、人って自分が時間を費やしたものには価値があると思いたいから、妙な意味づけをしていることもあるような……。

核実験をする理由

核実験をするのは、データを取るため。

充分なデータが集まれば、効果的なものは予測可能。

実験しまくってデータを充分に取った国は、もう実験する必要が無いので「核拡散を防止しよう」と言って抑制にまわる。

やる必要が無いから、心おきなく「やめろ」と言える。

核を持ちたい国は、「お前らだけ、やって」と思う。

そんなことを昔、日本の論点か何かで読んだ覚えがあります。

同じようなことを言っていても、その背景となるものは違う。

背景を考えると、同じ発言でも印象が変わる。

そんなことを最近、思いました。

Googleにサヨナラする日

『すばらしいコンテンツを構築することに集中し続ける以外に、順位が前よりも下がったページへの対処方法はありません』

そう、Google SearchLiaison は ツイッターアカウントで言っているそうです。
「質の高いページを作ってください」「役に立つページを作ってください」というアナウンスは、何も今に始まったことではありません。

検索行為が有意義なものであるためには、そこに役に立つサイトがなくてはいけない。
検索しても欲しい情報が見つからないなら、検索する意味なんて無くなってしまう。
だから、Googleも役に立つページを評価するだろうし、ウェブで収益を上げようとする者も、役に立つページを作らなくてはいけない。
収益を上げるために誤った情報を流し、拡大させるようではウェブの存在意義が薄れ、結果的には収益を上げようとする者の首を絞めることになるでしょう。「検索、使えねぇ」となれば、徐々に検索する人が減るのだから。

しかし、「すばらしいコンテンツを」という言葉には嘘がある。
その「すばらしさ」を誰が判断するのか、いや何が判断するのかという点において。

プログラムは意味を理解しない。
数多くのサンプルを集めることで、似た傾向を持つものを分類はできるだろうし、有効な一手を導き出すこともできるだろうけど、その一手や分類の“意味”は知らない。

意味を理解できない存在に、「すばらしい」がわかるのだろうか。
人によっても「すばらしい」は違うというのに、何をどういう基準で「すばらしい」を決めるのか。そう思うと、嘘っぽく思えてしまう。
というか、プログラムは嘘を見抜けないのではないか。
多くの情報と整合性は取れるようになっとしても、その多くの情報が間違っていたら、嘘は真実に塗り替えられるのではないだろうか。

じゃあ、ディレクトリ型検索に戻して、「すばらしい」の判断を人の手に取り戻すのかと問われれば、サイトの数的に無理な段階にきているので厳しいでしょう。
人間が職に就けなくなり、暇な人が増えるのなら、ちょうどいい仕事かもしれないけど。

新しいサイトの評価基準を作る場合、インデックス化する側ばかりに目が行きますが、作る側に信頼性の表示を促すことで、それが評価に加わればという考えもありかもしれません。
例えば、知恵袋のカテゴリマスターではないですが、特定の分野の知識に秀でた人を認定するウェブ資格があったとします。
そのウェブ資格の認定証を張り付けることで、特定のキーワードの有効性が増すとか、そんな感じにすれば、専門知識のない素人が書いた医療記事が上位に来る確率は下がるでしょう。

もちろん、問題もあります。
ウェブ試験にすれば受験代行しやすいうえに、記事はゴーストライターが書き、アップする際は認定証を提示というパターンもあります。

何か対策は無いのかと考えると、こんな言葉が脳裏をよぎります。
『デジタルに対する最良の策は、いつだってアナログになる』

やはり、人の手だと。
優良のサイトをウェブ投票で決めようか、みたいな。
「いいね」の数はサイトの評価に繋がっていないと聴きますが、その数を考慮に入れた「facebook検索」ができても面白い気もします。
さらに、投票した人の属性(年齢や職業といった要素)にチェックを入れることで、検索結果を変えられたら、より個人に合った結果になる気がします。
その方が、ユーザーの情報を収集されるよりいい。
別に「DuckDuckGo」の回し者じゃないけど、ああいう切り口って大事だと思う。

ただ、投票の多いサイトが上に来るとしても、最初に どうやって発見するのかが問題。
クローラーが回ってきてインデックス化し、検索したら表示されて見つけるという点が変わらないなら、上位サイトの地位が強固になるだけかもしれない。
そこで、新着サイト情報みたいに、アップしたばかりのサイトを優先的に表示させるモードを作るとする。
何か良いサイトはないだろうかとチェックするのが趣味なような人が、その新着サイトを見て回って評価を下す。
その評価が今後の検索順位に影響し、伸びるサイトもあれば、沈んでいくのもある。
というのは、どうだろうと考えたところで、「いつアップするのか」という時間がカギだとか。新着で見つけた人の評価次第だとか。そんな点からして、「小説家になろう」じゃないかと思い、そこで考える気がなくなったので、この話題は終わります。

 

※ 新着サイト情報ではないですが、Googleの検索結果が表示されている状態で、「ツール」から更新時間で絞ることが可能です。インデックスされていることが前提ですけど。